誰もが震える最初の一歩、の踏み出し方

勤め先の海外プログラムを利用して海外勤務実現のための努力をしているものの、いざ赴任となると即決できない自分がいる。立ちはだかる語学の壁、現場で実力が通用するのかわからない不安、さまざまな懸念事項が頭をよぎります。

 

完璧に準備万端の状態など永遠に訪れませんから、どこかで「エイっ!」と飛び込む勇気が必要であることは承知しているものの、その勇気はどのタイミングで、どう発揮すれば良いのでしょうか。今週はこんなメッセージをホームページの質問箱に頂きました。誰でも何かに挑戦したことのある人は、思い当たる問いなのではないでしょうか。

 

自分を変える可能性のある一歩を踏み出すのは、誰でも恐ろしいもの

 

ちなみに日本育ちである私のはじめての海外経験は大学3年の交換留学でした。自ら出願したにも関わらず出発の当日の朝になってみると、これから何が起こるかわからない不安から、恥ずかしながら、布団の中で固まって全く動けなりました。あれだけTOEFLの勉強を頑張ったのに、いざとなると「本当にいきたくない」と思う自分にびっくりしたことを覚えています。

 

その後、通年4年に渡る途上国暮らしを経験した20代後半では、現場の人々との仕事の中で、数々のカルチャーショック・ブローに見舞われました。「もしこの苦痛をはじめから知っていたら、この選択は取らなかったかもしれない」と思ったこともあります。それを起業した友人に話した所、「僕も起業の苦労を全て知っていたら、やらなかったよね」と真顔で返されたのでした。どんな選択をとっても、やりたい事と苦労の構造って似ているんだ、と思った瞬間です。

 

心はなんと言っているか

 

こんな自分の経験から、一つ言える事があります。それは未来の選択に手が震える際、本当に頼りにすべきは自分の「心」だという事です。それも恐れではなく、自分の心がいつも自然に踊り出す対象に耳を澄ますことです。

 

例えば、経験者の体験談を自分に置き換えて聞きながら、それが自分にエネルギーを湧かせるイメージかどうかを心に聞いてみましょう。頭で損得勘定して出した答えは、その後に到来する苦労に打ち勝つ強さに欠けますが、心が常に指し示す一定の方向性にはそれらもガムシャラに乗り越えて進む強さがあるはずです。

 

自分が命綱だと思っているものは、まだ手放す必要はない

 

以前、私が人生の選択に迷っている時、ある人にこう言われたことがあります。

 

「心のどこかでそれを命綱だと思っている限り、その対象を手放す必要はないよ」

 

それは、自分でどうしても手放せないものでした。そしてその時には手放さずに正解だったのです。時が満ちた時、今手放す時だ、と自分が確信する瞬間はちゃんとやってきましたから。

 

終わりに、、

 

「なぜ」を知る人は、ほとんど全ての「いかに」に耐える。

 

かのニーチェはこう言ったそうです。そしてその「なぜ」への鍵を握るのは、自分の心以外にはありません。なぜ海外で働きたいのか、なぜならそこで得られるものに途方もなくワクワクする自分がいるから。例えばそんな自分を発見した時、未知なる前途に震える足はいつか大地にしっかりと立ち、まだ姿を見せない苦労に怯える手は、それまで命綱と思っていたものを自ら手放す時が来るのだと思います。