人と比べる煩わしさから逃れるために

転職・昇進・結婚・出産などの、親しかった友人達がよせる充実した人生の知らせ。本来ならば一緒に喜んであげるべきなのに、何故かそれが出来ない自分を持て余した経験は、誰にでもあるものではないでしょうか。

 

誰もが無意味だと心では分かっているのに何故かやめられないのが、この他人との比較かもしれません。これをやめて自分らしく生きるには、どうしたら良いのでしょうか。今週は、質問箱によせられたこんな相談について考えてみたいと思います。

 

しかしそもそも翻って考えるに、人と比べる事は、そんなに悪い事なのでしょうか。

 

よくよく考えてみれば、他者の刺激は時に自分の成長にとってプラスになります。他者の姿を見て、自分が改善すべき点に気付くことも多くあるはずです。どうやら比較には、ポジティブなものとネガティブなものがあるようです。

 

では、妬みや自信の喪失を生んでしまう比較と、自分にとってプラスの効果を生む視点の違いは、一体どこで生まれるのでしょうか。

 

同じような経験を同じ様に繰り返してきた自分を振り返って思うことは、両者の違いは「自分」というフィルターを一度通しているかどうかにあるのではないか、という事です。

 

他者から受ける影響を何も意識せずダイレクトに自分に取り込んでしまうと、それに必ずコントロールされるようになります。コントロールされている時には深くものを見る余裕もありませんから、結果の良い面ばかりに目が行きます。それが本当に自分の必要としているものかを考える事も、その結果がその人にもたらすであろう犠牲にも注意を払う事はありません。「羨ましい。やっぱり世の中は不公平。」こんな気持ちが雪だるま式に転がって増えていきそうです。

 

ここを振り切って思うことは、やはり自分が本当に必要としているものは、自分との対話の中にしか見出せないという事実です。本当の成長を考えるならば、誰かを「羨ましいな」と思った時点で視点を自分に引き戻すことです。そして、自分が本当にこの人生で受けるべきものを思い出してみましょう。以前のブログで述べたBeingの価値を考える事も、自分の力を引き戻す良いきっかけになるかもしれません。他者にダイレクトに影響を受けるのではなくて「更に一歩なりたい自分に近づくためには」、こんなフィルターを一枚かぶせた上で相手を眺めてみることです。こんな日常の習慣から、相手に振り回されない自分は段々と出来ていくように思います。

 

それでも他者と比べネガティブな気持ちを持て余す場合は、自分の環境をもう一度見直してみましょう。無意味な自慢ばかりを繰り返す人には近づかない工夫をする。また一度入ってしまった妬みの気持ちは、心にバリアを張るイメージを持ち意識の外にさらさら流す。このような小さな心がけ次第で、随分気持ちは変わってくるものです。

 

「明日死ぬかのように生きよ。

永遠に生きるかのように学べ。」

 

こう言ったのは、かのガンジーだそうです。永遠に生きるかのように学ぶ私達は、その目的のために他者から知恵を受けるべきです。目指すべきは、「理想の自分」であって他者の人生でなない。意味のある比較と成長はその中から生まれてくるのではないか、こう思う次第です。