流され続ける人生に嫌になった時、どう自分を取り戻せば良いのか

周り人々の支えを受けて毎日を過ごす私達は、時にお世話になっている人々の期待に答えるか、それとも自分の生きる道を貫くか、大きなジレンマにぶつかります。親の期待に添うために、行きたかった大学や就職先をあきらめた。周りの人々を傷つけないように、素の自分を押し殺した。誰にでも、経験のあることではないかと思います。私も、時々このジレンマにぶつかります。

 

今回は、流され続ける人生にほとほと嫌気がさしたものの、自信と決断力に欠ける自分はどうしたら良いのかというご相談を質問箱に受けました(ありがとうございます)。ですので今週は、流される人生の決定権を自分に取り戻す事について考えてみたいと思います。

 

周りの気持ちに敏感な人は、繊細で優しい心を持つ人が多いですが、他者に真に優しくあれる人は、まずもって自分自身が幸せな人です。自分を尊敬している人は、他者を見下したりしないのと同じです。他者の決定に合わせてばかりいると、上手く言っている内は良いですが、雲行きがあやしくなると必ず後悔の念にかられ不満に苛まれるようになります。

 

だから自分の人生にとって要となる要素(主に職種の選択や伴侶の選択)については、親や友人の意見ではなくて、自分を絶対に貫き通すべきです。

 

では、具体的にはどうしたら良いでしょうか。私自身、人生の進め方について悩んでいた時期、Adam Leipzingというアメリカの映像プロデューサーの言葉に、救われた気持ちになりました。有名大学を出て恵まれた仕事についているにも関わらず、大きなストレスを抱え自分は不幸だと嘆く同窓生達を目にして、人生の目的を見つけるのに最もシンプルな方法があると気付いたといいます。曰く、

①自分は誰で

②何をするのが得意で

③誰のために

④何を与えることで

⑤どんな変化を起こしたいのか

 この5つのシンプルな問いを自分で考え抜くことです。流されそうになったら、この問いに戻って考えることです。

 

また友人にこんなことを言われたこともあります。「自分などいくら探しても、見つかるはずがない。なぜなら自分とは探すものではなくて、今、創るものだからだ。」不完全でも良い。桃源郷をどこか別の場所に探すのではなくて、今ここでアクションを起こし続ける事に意味がある、とその人は言いました。

 

自分自身の人生をデザインする。これはそう簡単なものではありません。よっぽど他者に流されていた方が楽かもしれません。でもこれほど価値のある行為もないはずです。とことん苦しみながら道を探す、その過程すらもいつか楽しめるようになったら、と自分自身に問いかける私です。

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