Beingの価値とは

Sleeping beauty, Brancusi
Sleeping beauty, Brancusi

先日Tweetで「自信とは、自身に対する誓いの言葉。何が出来るか(can do)ではなくて、そこにある(being)価値。この価値をちゃんと認めて簡単には放り出さないと誓う力が、自信。」と呟いた所、存在する価値とは何か、どんなに掘り下げて考えても良く分かりませんという御質問を、質問箱に受けました。

 

そこで今週は、beingの価値について考えたいと思います。

 

今月の26日はアメリカの感謝祭(thanks giving)でした。当日はアメリカ大使公邸にお邪魔したのですが、その時、これだ!と膝を打ちたい状況に遭遇しました。「今、最も感謝していることを、デザートの前に一つ皆の前で述べて下さい」と大使。人前で一体何を感謝できるだろうか、と皆一瞬黙りこくりましたが、宴も進むとそんなことはすぐに忘れ、やがて政治談義に花が咲きました。政治話で何かに感謝する奇人などこの世にはおらず、皆今の社会を憂いて不満顔です。

 

そしてデザートの時はいよいよやってきました。自分が感謝していることを、一人一人皆の前で宣言しなければなりません。

 

「私は、自分を支えてくれる家族に感謝します」

「自分の人生は全然パーフェクトではないけれど、それでも自分の人生に感謝します」

「自分の健康とアイディアの湧く源に、感謝します」

 

それまで自説を披露し現状に不満を述べていた人々の顔が、ここで人が変わったように穏やかになりました。膝を打ちたくなったのは、同じ人間達が一通り演じたこの変化のドラマが、私達の日常でも良く起こることだったからです。不満に焦点を当てていると、それにいつの間にか心が侵蝕されて、どこまでも自分が不幸に思えてきます。環境(周り)に影響されると、侵蝕されている事実すら気付かないこともあります。これは今の仕事、地位、受けてきた教育とは無関係に起こります。

 

何が出来るか出来ないかといったDoingの価値は、自分が今持っていないモノに焦点が当たっているのに対して、在ることに対するBeingの価値は、自分がすでに与えられていることに焦点を当てている点で大きく異なります。そしてBeingの価値を開ける鍵は、「感謝」の言葉だとこの時、気付きました。

 

自分は今の何に感謝するか。それを実際に口に出してみると、なんだか不思議な力が湧いてきます。それこそが、Beingの価値との出会いなのかもしれないと思います。