グローバルという曖昧な言葉が示す世界

グローバル。「地球全体の」という意味合いで使われるこの言葉ほど、曖昧模糊としたものはありません。国内でもそうですが、国を変えるとますます意味が多様に変化するのは、現在のグローバル化をまさに体現しているようにも思います。


日本で一般的にグローバルというと、まず沢山の人が英語を想像すると思います。次いで、欧米の生活習慣やビジネス慣習をいかに効率良く吸収するか、といったイメージが浮かぶのではないでしょうか。ここで一定の外国を意識した横の視点は否めません。

 

他方、例えばアメリカでグローバルというと、そのイメージは自国でトップに立つことの延長線上に存在します。シリコンバレーで成功したIT起業家は、そのまま著名な国際会議に呼ばれます。合衆国政府で影響力を持つに至った女性政治家は、そのまま世界で最もパワフルな女性100人のリストに載るでしょう。視点は、あくまで縦に伸びるイメージです。

 

一つの単語がこのように様々なイメージを持つのは、人々がそれだけ異なった立場から同じ世界を見ているからだと思います。グローバル化は単に一つになることではなくて、お互いの違いを明らかにする作業の過程なのだと思います。