自分の過去が持つ意味とは

現在滞在しているアルメニアという国では、今日4月24日が100年目のアルメニア人虐殺記念日です。1915年第一次大戦末期の混乱の最中、オスマン帝国(現トルコ共和国)領内にいたアルメニア人100万人余が命を落としたとされています(数には諸説あり)。現代史上最初のジェノサイドとも言われ、アルメニア人が世界中に離散する大きな要因になりました。日本人に馴染みの深いテニスのアガシ選手も、アルメニア人の血を引いています。

 

100年目の記念日である今日は、ロシアのプーチン大統領やフランスのオランド大統領が招かれ、式典が開かれました。人口300万人の小さな国にとっては、建国以来の一大イベントです。ジェノサイド認定についてはバチカンや欧米列強を巻き込み、政治的な一面も見せました。

 

一連の出来事を外国人として見ていて思いました。過去を今呼び戻すのは、この現在の記憶であるにちがいないと。過去の表現の仕方は、今の私達の意識を鏡として如実に映すと思います。

 

自分の過去は変えられないけれど、その意味付けは自分で選ぶことができる。過去は忘れるものではなくて、その意味付けを積極的に選んでいくものである。だからこそ過去には意味がある、そう思う今日この頃です。