英語脳、その正体

先週、某雑誌の取材を受けました。内容は、私が10代20代で行った英語学習法をお話するもの。話す内容はあまりに多く、1時間半ほど話し続けてインタビューは終了しました。終了後、廊下を歩きながら、聞き手を務めて下さった方にこう質問されたのです。

 

「でも田島さん、英語脳を作るって難しいですよね。どうしたらいいのでしょうか?」

英語関連のインタビューを手がける彼女曰く、英語を実際にゼロから自分でマスターした人は、大体同じことを言うそうです。そしてその共通トピックが、「英語脳」。「言葉のOSを変える」などと言う人もいますが、私は「英語と日本語のフォルダーを分ける」と表現しました。どれも同じことを指しているのだと思います。

 

英語脳が批判される理由の多くは「そんな非現実的な夢物語を語っても、出来ない!」という苛立ちから出発しているように思います。自分を振りかえると、私も以前は十分、日本語を介して考えていた。そして外国語でモノを考える習慣は、正直、かなり辛かった。だから焦りは、とてもわかります。

 

0から英語力を鍛えた自分を振り返れば、英語力は「聞く」「読む」「話す」「書く」という4つの力を網羅しながら螺旋を描くように上がりました。そしてこれをふまえた英語脳についての考え方は、自分がどの学習途上にあって、どのレベルを目指したいのかによると思います。

 

勉強をはじめたばかりの段階は、日本語で単語を覚え、日本語で理解するのも十分アリです。これで十分読むことは出来るし、海外旅行もこなせるはずです。メールで基本的な業務を海外に発注することも出来るかもしれません。

 

そこから、やや込み入った交渉を自分で進めたり、一定のユニークな考えをまとめて発信する段階に上がるためには、やはり日本語から離れなければならない時が来るように思います。英語と日本語は、単語の「並び方」があまりにも違うために、やはり日本語を介しては対応しきれない部分が出てくる。イタリア語とフランス語くらい似ている言語だったら、どちらかの言葉で考えながら他方を操ることは十分可能なのですが、そうもいかないのが日本語と英語の関係性なのだと思います。