「共感」の真に意味するところ

「より多くを学べば、もっと多くのことを忘れてしまう。もっと多くのことを忘れるならば、あなたの知識はもっと少なくなる。では、何故あなたは勉強するの?」

 

これはオックスフォード大学で良く売られているポストカードの文句です(左参照)。勉強するために大学に来ているのに、知識は更に少なくなるなんて!と私自身、憮然としたとした覚えがあります。ただ言っていることにはかなりのパンチがあって、その後も随分私の記憶の中に残ったのでした。

 

カレッジでは、当時定年間際、そして今は亡きウィルフリッド・ナップ先生のチューターにつきました。オックスブリッジのチューター制度というのは、日本の大学でいうゼミの個人版と言えばわかりやすいかもしれません。一週間に一度、先生を訪ねて1時間半程度の個人授業を受けるものです。ある日たまたま授業を終えた時、先生のテーブルの上に、このポストカードが置いてあるのを見つけたのでした。

"The more you learn, the more you forget.

The more you forget, the less you know.

So why study?"

 

釈然としない私は、最後の文を繰り返しました。教授にむかって「なぜ私は勉強するのでしょう?」なんて入学取り消しになりそうな質問ですね。

 

ところが彼の瞳が小さく光るのがわかりました。そしてこう続けたのでした。「自分のかつての教え子の多くは、今、世界中で仕事をしている。ここに戻り私に挨拶に来る彼らの殆どは、こう言うんだ。先生の授業は厳しくて、遅くまで勉強しましたが、覚えているのは夜遅くまで勉強したことだけです、ってね。内容は何も覚えていませんって。」そう先生は笑った。

 

「いいかい、ここで何を学ぼうともそれは不完全だと心に刻んでおきなさい。環境は常に変化し、知識はそれへの対応をせまられるから。だから、あなたは永遠に吸収し続けなければいけない。ここ学ぶべきことは、出来合いの知識を記憶することではないよ。それぞれが自立した時に、どうやって自分の頭で考えるかを学ぶ場所だよ。」

 

そして先生は少し考えてから付け加えたのでした。「ここを出て本当の現場に出たとき、あなたを前に歩ませるものは、多分、、、人への共感の気持ちだ。どうか、このことだけは忘れないで。」この最後の一節は、やがてその後も何度も読み返す言葉となりました。年齢も、国籍も、何もかもが異なるチームと息を合わせて働く上で、大きな知恵となってくれたのでした。相手に共感する、という意思とプロセスと行為こそが。