日本人は本当に内向きでしょうかー東京の食から考える

海外からの視点で東京を見て際立つ個性は、口にすることの出来る食の幅の広さと、それを自由に自国の舌に合うようにアレンジしてしまう器用さだと思う。

 

東京で簡単に味わうことの出来る料理と言えば、中国・韓国料理をはじめとして、タイ・ベトナム、インド、フランス・イタリア・スペイン・ドイツ料理店など数限りない。これは一見当たり前のように見えて、驚きに値することだ。注意して見てみれば、ここまで食に関して国際的な都市は、ニューヨークの例外を除き、世界でもあまり類を見ない。カレーや餃子といった国民食も元はと言えば、海外から輸入された外国食。日本人の内向性が海外より指摘されて久しいけれど、私達が如何に器用に海外発の食文化を取り入れ、強力に発展させてきたかを見れば、私達の美味しいものについてのベクトルは事実、幾方向へも向いているといえる。

視点を引いて世界を見渡してみれば、世界の人々は、私達が思うよりも遥かに異国の食文化に対して保守的だ。

 

過去イタリアの首都ローマでは、外国人同士が会って冗談代わりに交わす挨拶は「ローマにはイタリア料理店以外、存在しない」という嘆きだった。確かにイタリア料理以外、ほぼ存在しなかった。コーカサス地方の国アルメニアの首都エレバンで人々が広く口にするのは、葡萄の葉で穀類や肉を巻いて蒸したドルマと呼ばれる国民食。これにバーベキューにした肉や現地で採れる野菜などを合わせて食事が完成する。ネパールの農村に2週間滞在した時には、朝昼晩、ひたすらネパールの国民食である豆カレーのダル・バートを食べ続けた。やはり食の国際化に対して非常にオープンな場所というのは、地球上でも非常に限られているらしい。

 

東京という場所は食に限って言えば、とてもグローバルな場所だといえる。日本人の内向き志向が指摘されて久しいけれど、日本は本当に内向きなのだろうか。私達が食に向ける国境を超えた好奇心は、私達の地球自体への好奇心を示しているように思えてならない。