グローバルのチームで働くことと「なぜそこにいるのか」の問い

(C) http://i.gzn.jp/img/2009/11/22/lego_balance/lego_balance.jpg
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全く異なる背景を持つ人々と、呼吸を合わせて仕事をすること。そこにはスキル等を超えた、何かが必要に思えてならない。自分が「なぜそこにいるのか」という問いと、自分なりの答え。
 

以前、イギリスの学生時代、ボート部で8人乗りのボートを毎日漕いでいた時期がある。朝6時に起床し、6時半には川に出る毎日をすごした。授業が始まる9時まで続く練習。ボートに共に乗り込んだ仲間は、アメリカ人4人、中国人1人、イギリス人2人に、日本人の私。眠い目を擦りながら、まだ薄暗い朝靄の中を、カレッジが同じ仲間と自転車を漕いだ。

 

ボートが初心者であったのは私一人ではなかったので、スピードはなかなか出なかった。随分、コーチに叱咤激励された。偶然すれ違った他のチームのボートにぶつかり、私自身が川に落ちたことがある。皆が心配そうに覗き込む顔が幾つも水面の向こうに見えた。
 
相変わらず下手な私達だったが、とにかく続けた。筋肉痛で疲労し、全てがどうでも良くなったある日、何か水面を滑っているような感覚にとらわれた瞬間があった。前へ、前へ、前へ、皆の視点が前方の一点に集中し、全くバラバラの8人が一つになった時が確かにあった。私が前のイギリス人を気にし、前のイギリス人が前の中国人を気にし、それぞれがバランスを取ろうと懸命になっている時は、決して訪れなかった時間。技術がある程度ついているのに、なかなか結果の出なかったチーム。外見や描く将来像や出身国が完全に異なる人間の集団だったが、バラバラな人間同士が同走するに至った理由でもある「ボートで前に進む」という命題に心身純粋になり、視点が命題通り前に向いた時、8人の呼吸がピッタリ合った。
 
もう随分前の話になるが、この時の記憶がまだ強く私の中に残っている。現実社会の中でこの状態を創り出すのは、容易ではない。お互いの目に見えやすい差、待遇の違い、自我、利害関係などが影響し合い、なかなかたどり着けない。その後、年齢も年収も国籍も外見も完全に異なる人々と、同じチームで働くことを数多く経験したが、本当に皆と一丸となり手応えを感じたのは、やはりお互いの共通の存在理由を通じて繋がった時で、それは、私にとって真の喜びであった。私は、なぜ、その場所にいることを選ぶのだろう。それを実現するための職業訓練そして、スキル向上の努力。異質のものに囲まれるからこそ、その先には、崩れない「なぜ」の問が欠かせないように思う。

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