共通点も見当たらない外国人と上手にコミュニケーションをとるコツ(グローバル人材再考 vol.3)

歴史も文化も異なる相手を、日本人同様に扱うのはあまりに単純かもしれない。しかし同様に、肌の色や目の色などが全く異なり、日本に特別な興味も持っていない相手を、自分達と異なる存在と無意識に分別してしまうのも勿体ない。わかりやすい表面上の差を越えて、彼等と分け隔てなく広く付き合うには少しだけの小さなコツがある。それは、自分も持っている人としての感情や本能の部分を大切に扱うこと。彼等との違いは多くの場合、日本社会や日本の歴史によって成り立ってきた習慣に立脚している。逆に彼等との消し難い共通項は、人間として持つ本能の部分につきると思う。

日本人とそれ以外の相違点を挙げろと言われたら、リストは尽きない。肌の色などの生理的な外見上の差から始まり、お盆やラマダン等の宗教上の差、同性婚を肯定したり、賄賂を必要悪と容認する社会的な価値観の差、挨拶の仕方や風呂文化など生活習慣上の差など。表面上からは見えにくいが、実は差が大きいと私が感じるものに、プライバシーの捉え方がある。他者と空間を共有して快適と捉える体感距離は、日本人はその他の人々と比べ、かなり広くなる。また南欧やアングロサクソン系の人々が自分の私的な事項を公的な場所で嬉々として話すのに対し、日本人の場合、ここは公事、ここは私事、と無意識に区別している場合が多いのではないかと思う。相手に嫌われていると不必要に勘違いされないためにも、この差を自覚しておくことは大切かもしれない。

 

さて上記の相違点が、長い歴史の中でその地域の中で醸成されたものであるのに対して、どの文化圏の出身であっても共通点は、人間としての個の部分に深く立脚する要素だと感じる。過去十年を5カ国で暮らしてみて、例えば、相手から認められたい、受け入れられたいといった人間としての自然な感情や、公の場面で一方的に批判されたくない思い、嫉妬の感情や、他者へのふとした思いやりや、笑いの瞬間は、万人共通なのだと思うようになった。これらはアフリカの遠い農村の村人であっても、シリコンバレーの起業家であっても根本として多分同じと思う。

 

多国籍の人々と協力し何かを達成する中で、やはり無視できない部分は、人の微妙な感情のヒダだと思う。基本的な感情は、どの地域・階層の出身であったとしても人間の本能の部分で私達のそれと驚くほど似ている。相手との相違点に対しては敬意をもって受け入れ、共通点に対しては自分の本能と照らし合わせて、行動する。私が自戒の意味も含めて頭に入れてある、日本人と相違点の多い彼等と分け隔てなく広く付き合うコツの一つ。

maiko-tajima.jimdo.com Blog Feed

新刊『価値観を超える仕事術』いよいよ発売です
>> 続きを読む