海外で自分を主張することなど (グローバル人材再考 非言語編 Vol. 2)

言葉を介さない非言語コミュニケーション、二項目は海外でどう自己主張するかについて。

 

ケース①「私は帰国子女なので自己主張が強い。」振り返ってみれば、誰もがどこかで一度は聞いたことのある台詞かもしれない。そういう私も、かつては帰国子女の友人を前に、そういうものか、と普通に思っていた節がある。確かに彼等彼女等は、場所を選ばず自分の意見を述べていた。

 

ケース②「アメリカでは、幼い頃から何が欲しいのか、自分の意見をしっかり示す訓練が徹底されており、逆にそのような訓練を幼少から受けてこなかった日本人は、海外で議論する場合に上手に自分を主張出来ない。」国際会議で主催者の頭を悩ませるのは、如何にしゃべり続けるインド人を黙らせ、逆に延々と黙り続ける日本人を発言させるかという点らしい。日本人はどうも海外では、自分の意見を表現するのが苦手と受け取られているらしい。

 

しかし海外の人々は本当に自己主張が強いのでしょうか。いいえ、私の答えは、全く否

 

現在の仕事を通じ、一年で200本弱の衛生中継会議をこなす機会を得た。内容は、世界中のプロジェクト案件の最終的な実質承認であるから、現場と本部で意見が食い違い、時にセンシティブな場面も多くあった。相手の主張を理解し、自分の考えることを伝え、妥協点を注意深く探ろうとする同僚達の神経の細やかさや謙虚さに、脱帽したい気分になったことは何度あっただろう。アメリカ人やドイツ人の彼等彼女等は、決して自分をむやみに主張したりはしない。周りの状況を正確に見極め、自分の態度を柔軟に変化させ、最善の結果を出そうと注力していた。謙虚というのは日本特有ではなく、ユニバーサルな価値なのだということを、私は彼等から学んだように思う。

 

また最近、一週間缶詰でトレーニングを受けた。中に、トレーナーを押しのけ皆の前に立ち、満面の笑顔とボディーランゲージを使って、自分をアピールするカナダ人がいた。確かに、日本ではまず目にしない光景だと思う。こういうことをする人は、日本社会では浮いてしまうのだろうかとも思う。その後、トレーニングのセッションで、日常で起こるチーム内の紛争をどう解決するか、というものがあった。周りと協調するか、自分をつらぬき通すかによって、取る態度や立場が異なってくるのだが、彼女の出した答えは、「紛争回避」。日本培養の私が出した「妥協点を探り、お互いがコラボレーションできる分野を見つける」という答えよりもよっぽど消極的であった。あれだけ自分を強烈かつ積極的にアピールしても、他者と紛争となった場合、衝突は上手に避ける。ここにも彼等の一面が見て取れるように思った。

 

英語圏の人々または英語を母国語に近いレベルで操り仕事をする人々が、自己主張が強いというのは間違いだと思う。確かに自分の立場や考えを持っていることは大前提として、ある。ただ、それをどう外に表現するかは、状況に応じ臨機応変に変化する。相手を傷つけ、それが自分の最終的な勝算とならない場合、経験を積んだ彼等はアングロサクソンの血をもってしても決して前には出ない。結果から逆算して、行動が上手に選択されている。海外で毎日を過ごす中、私が頭の片隅に入れている小さな一つのルールでもある。

 

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