2000年前のポンペイの赤と3000年後の日本の赤

3000年前に栄えたヨルダンのペトラ遺跡。5000年前に興った地中海キクラデス文明。2000年前の古代ローマの歴史建造群。こうして多くの遺跡を廻ってみると、文明の洗練は地球上のある一定の時間、既にこの時代を生きた他の誰かに完成されていて、今生きる私達はテクノロジーには溢れていても、彼等が到達するに至った同じものを私達なりに違う角度から見ているに過ぎないのではないかという気持ちがしてくる。先週末は、ポンペイの壁画を見に南イタリアへ。18世紀から始まったその発掘では、ローマ時代の遺跡の美しさに世界が驚愕したというが、私自身もやはり同じ様に、2000年前にこの地球に生きた誰かによって完成されたその仕事に心から驚いた。

ポンペイより見たベスビオ山
ポンペイより見たベスビオ山

西暦79年、ローマ人の余暇地として栄えたポンペイは、ベスビオ山噴火によって時速100キロ超のスピードで押し寄せた火砕流で壊滅し、それをもって当時のローマの栄華を伝える第一級の資料となったという。街を隙間なく埋め尽くした火砕流が乾燥剤に似た成分を含み湿気を上手に吸収し、壁画の劣化を最小限に留めた。

 

今も壁画に残る人々や神々の瑞々しさと艶かしさ。繊細さと躍動感。2013年の今日を偶然生きる私達の目にも、これらは全く古く映らない。交通の手段が極度に限られ、通信技術もなかった当時の人々は、だからこそ物理的に近しい場所でお互いに影響しあい高め合い、多分ある一点、一つの極みに達した。これは、在るか無いかの差であって、昔か今かの差ではない気がする。方法や角度は異なるが、それぞれは多分同じものを違った形で見ている。

 

地球の裏と表の大都市が12時間以内で物理的に繋がる今にあり、地球上のほぼあらゆる情報が言葉を選ばなければ、インターネットで瞬時に入手可能な今にあって、この世紀は、今から3000年後を生きる人々にどう見られるのだろう。2000年前に当時の人々を縛った空間の物理的な壁は今は破られ、記録の量とコミュニケーションの幅は増大した。過去のポンペイの人々の様に、私達も未来の人々を驚かせることの出来る要素は、十分に今ある気がする。この環境だからこそ、過去に見られなかった形を取って。

 


 

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