ボーダレス社会で共有されつつあるアイディア イタリアのワイナリーの場合

Salchetoワイナリーの風景 http://www.salcheto.it/gallery.php
Salchetoワイナリーの風景 http://www.salcheto.it/gallery.php

地球と地球の裏側が10数時間足らずの行程で結ばれ、今日の情報が次の瞬間に誰かの情報となる今日。日進月歩のペースをもって進化を続ける技術の世界と同居する形で、長く続いてきたシンプルな価値を見直す動きが確かにある。より豊な人の生を充実させるためにひねり出される最先端のアイディア達は、文化の壁を超え、国境の差を超え、世界各地で繋がり合い膨らみ合いながら、同時進行している感が今ある。

 

紀元前ローマ人が地中海世界に共和国を建国するより遥か昔、イタリア中部にはエトルリア人と呼ばれる人々が高い建築技術力をもって12の都市国家を形成していた。現代はその大部分が緑深いトスカーナ地方に含まれ、イタリアでも屈指の赤ワインの生産地として知られている。その古代エトルリアの都市キュージより車で少し行った場所に建つSalchetoというワイナリーを訪れた。葡萄が黒々とした重い房を幾つも下げ、今にも地上に落ちそうな柵が幾重にも連なる畑に囲まれた、イタリアの国民酒、ワインの蔵元であった。

 

訪れて最初に不思議に思ったのが、地上に開けられた幾つもの穴である。聞けば、太陽光を採取する用途で作られたという。オーナーは、先週数日間降った大雨の影響から話を始めた。収穫前に大雨に見舞われると、葡萄が余計な水分を吸って外側の皮に影響が出るという。12キロ先にあるキャンティの畑には雨は降らなかったのに何故ここが数日間、と真剣そのものに語る表情に、天変地異と共に在る日本の酒蔵を思い出した。醸造が行われている内部に案内してもらうと、先ほど見た自然光がパイプから注いでいるのに気がついた。このワイナリーでは、電気は使われていないのだと言う。発酵の段階では、酵母の他に室内に住み着く菌も重要とのこと。これには日本の味噌や醤油の醸造過程を思い出した。工場を出て、壁を見て驚いた。なんと全てが緑で囲まれていたからである。オーナー曰く、壁全体に広がったツタの葉が太陽光を吸収し、工場の内部温度が過度に上昇することを防ぐのだという。冬期に部屋を暖める葡萄の茎を使ったエコ燃料も見せてもらった。

 

この蔵元は、イタリアで最も権威のある評価専門誌Vini d’Italia誌で最高賞を受賞した赤ワインを生産する場所でもある。単に環境に配慮しただけでなく、実力も十分。近所の農家と提携して、馬に乗りながら地域を廻る試みもしているそうだ。「どうやってこのようなアイディアを形にしたのですか」との問いに、「ただ自分で試行錯誤の繰り返し」と答えた彼の顔は、パイオニアのそれ、そのものであった。どんなに利益が見込めても、自分の哲学を共有できない人間とは共に働かないと言う彼の姿勢は、日本の第一線で活躍する人々のそれにつうじるかもしれない。

 

世界がボーダレスになったと言われて久しいが、ボーダーを超えて本当に共有されつつ在るのは、人々の中にあるアイディアだ。土地本来が持つ流線形を活かし採光を最大限に取った、森の中にいる錯覚さえおこさせる美術館の建築、そして小さな町に埋もれてしまった美術館群、増々広がりつつ在る地産地消という食の考え方、仕事場を時間単位で共有するという働き方。そして今回出会った、紀元前8000年前から飲まれた歴史上最古の酒を伝統と革新の中で作り続ける人。それぞれ国籍は異なり、文化を異にする人々だが、時代の先端で起こっていることは、人間の生をいかにより豊かにすることができるのかという問いに取り組む人々の、共通した答えの数々なのではないかと思う。地球環境に真に優しいとはどういうことなのか、という問いへの答えも今回は含めて。