動きながら変わる シリア緊急支援のケース

人の生死が関わる混沌たる状況下の支援には、常にジレンマが付きまとう。その最たるもののは、私達自身の生命の危険をどう担保するかということ。またもう一つは、人命救助という目的遂行の為に、たとえ質を確保できない場合でも、どこまでスピードを上げて動くかという点。今回は2番目のジレンマについて。

 

連日国際ニュースを賑わせるシリア。騒乱が起こる前には事務所閉鎖も人々のうわさに上がったこの国に、最初の抗議行動が起こったのが2011年1月26日。一人のシリア人が「シリア政府に対する抗議」と称して焼身自殺を図ったのが始まりとされる。抗議行動は各地へ飛び火し、以降内戦状態に陥ったシリアでは、在英の反体制派組織「シリア人権観測所」によると7月末時点で少なくとも2万人の犠牲者を出したと言われる。

 

この状況に対応するために昨年10月より始まった緊急支援のオペレーション。暴動を恐れより安全な地へ逃れた為に収入源を失った一般の人々や、大規模な避難民を急に受け入れることになった地域住民の人々。また2歳以下の子供達を対称に、支援が開始された。

 

それから半年で行われたオペレーション内容の変更回数、計5回。ほぼ毎月一回のスピードで内容を変更している。その度にプログラムに関わる私達は呼び出され、共に討議してきた。これまで200弱のプロジェクトを見てきたが、ここまで毎月変更するオペレーションも珍しい。

 

しかし、なぜこんな頻度で変更を余技なくされるのだろう。

 

それは結局のところ、状況の変化ということに加え、政府機能が破壊され内戦という混乱状態にある国にあっては、誰も一般市民の人々の被害状況を正確に把握することなど出来ないのだという点に行く。人々が生命の危険にさらされていることは明白であっても、それがどの範囲でどの程度に渡り続いているのかは、誰にも正確にはわからないのだ。たとえわかったとしてもそれが公表されるまでには政治的な駆け引きが必要となるだろう。公表されたとしても、私達がモニタリングのために現場に入れるとは限らない。難民キャンプがたてられ人々の移動がある程度落ち着いた場所とは異なり、活火山のように状況が動き混沌とした場所においては、暗闇の中を手探りで進むような部分が多い。シリアのケースでは、これを事実と受け入れ、必要であれば軌道修正を繰り返し、また進む。そのような確かな意志を見る。

 

兎に角、動く。目的がしっかり設定されていれば、完璧でなくてもとりあえず動き、必要ならば後で修正する。緊急支援の現場だけでなく、人生の局面でも同じような部分があるのではないかとも思う今日である。