Do No Harmの原則

“Do No Harm”という原則をご存知だろうか。相手のために行動を起こす中で、何があっても最低限、相手を傷つけないことをいう良いことを行おうという善意の動機とは裏腹に、結果として相手を傷つけてしまう可能性。相手のためになろうとして取られた行為が、逆に相手に悪影響を及ぼしてしまったというパラドックスは、日常生活を送る中で誰しも心当たりがあるのではないか。相手を傷つけない原則など言われてみれば当たり前ではあるのだが、紛争や貧困が幾重にも重なるカオスの現場でこの悩ましさが顔を出す機会は、思うよりも多い。

 

長年の内紛で、国内システムのほとんどが破壊された国。地雷に囲まれ、反政府ゲリラがコントロールする地域。収入も限られる中、人々は人道支援に頼る生活を続けていた。その地域を支援するドナーは、非常に限られていたという。反政府ゲリラが標的に掲げるあるドナーから供与された支援物資は、彼等の強い意志ゆえにシンボルマークが付けられていた。支援物資を抱え家に帰る旅路で、罪なき人々は、なんとそのドナーを標的にするゲリラにより捕らえられてしまったという。

 

同じく長引く紛争を抱えた国。子どもを兵士に徴収する悪習が長く続いていた(子どもは洗脳するのが最も容易であり、自爆テロ等にすぐ使える)。その地域で子ども達の支援を行っていた団体は、基礎調査とレポートのために各家庭に子ども達の数を提出するように求めたという。結果は、コミュニティー全体からの拒否であった。子どもを軍隊に徴収されることを恐れた家庭は、子どもの数を公にすることを一貫して拒否したという。このような状況の中活動を続ける団体に対して、私達は説明責任という原則を掲げ、彼等に完全な活動レポートの提出を要求することなど、出来るだろうか。

 

教育・就業の機会等で男女格差が長く続く国。女子基礎教育の普及を願って特別な支援を行おうとした団体があった。女子のみをターゲットとしたプログラムは、地域で男子を持つ家庭と女子を持つ家庭の間に、嫉妬と軋轢の連鎖を生んだという。格差は地域社会の中から解消されなければならないとすれば、果たして彼等の善意は良い結果を生んだと言えるだろうか。

 

多くの利害関係が複雑に交錯する場所にあって、外部の人間が思い描く「善なるロードマップ」は、それが単純であればあるほど通用しないと思う。今週は、現時点で、世界で最も難しい人道支援とも言われるソマリアのオペレーションを一定期間率いた人間と話をした。2週間ごとに自分が交渉する政府側の担当者が暗殺・戦死・クーデター等の理由で交替したという。彼から受け取ったメッセージは二つ。まず、本当に結果を出したかったら、良いことをしているという自意識を捨て去ること。そして、現場と相手を知って、知って、そしてこれ以上ないまでに知り尽くすこと。

 

相手のために行動を起こす中で、何があっても相手を最低限傷つけないという“Do No Harm”の原則。これはなにも、紛争と人道支援の現場に限られた話ではないと思う。この原則が示唆する現実社会の複雑さと、それを乗り越えるための学びの幾つかは、私達により多くのことを教えてくれる気がする。